東京高等裁判所 昭和29年(う)790号 判決
被告人 宗政武蔵
〔抄 録〕
弁護人の論旨第一点乃至第三点について。
刑法第二百五十二条の横領罪の成立するための要件である他人の物の占有の原因は、原則として委託関係に基くものなることを要すること洵に所論のとおりである。これを本件につき考察するに、原判決が挙示した証拠である被告人の原審公判廷における供述須藤虎吉の司法警察員に対する供述調書の記載、須藤充枝(原判決に須藤光枝とあるは須藤充枝の誤記であることは記録上明瞭である。)の上申書の記載と当審において取り調べた証人粕谷源蔵、須藤虎吉須藤充枝の各証言、被告本人に対する質問の結果を総合考量するときは、被告人が費消した金一万五千円に関しては昭和二十一年秋頃須藤虎吉が粕谷源蔵から同人所有の立木を伐採して木炭四貫俵三百俵を製造して納入する約束をし右製造に着手したところ、右虎吉はその後百十五俵を納入したのみで病気となり製炭不能に陥り、残り百四十五俵を納入しなかつたために、右源蔵は、昭和二十五年暮頃から被告人に対しその納入督促方を依頼し被告人において右虎吉に督促したのであるが、右虎吉は未だ完全に身体も回復せず炭焼窯もこわれこれが再建には相当の資金を要し、且つ当時既に右源蔵は前記立木のある山林を他に売却していた関係もあつて相当額の金員をもつて解決したい意向を表明した。そこで被告人はその旨を右源蔵に通じたところ、同人は本来金銭で解決する意思はなく是非木炭の納入を求めていたのであつたが、相当な額であるならば金銭で解決するのも止むを得ないとの意思を表示した。そこで被告人は、更に右虎吉に対し右源蔵の意向を伝え金二万円以上支払うよう交渉したところ、同人は須藤充枝に依頼してその減額方を求め数次折衝の末、昭和二十六年十二月一日頃右充枝において右木炭代償金は金一万五千円をもつて相当であると判断し右金員をもつて解決を求めることとし、右虎吉から金一万五千円を預り被告人と同道して右源蔵方に出向き右金一万五千円にて解決方の承諾を求めようとして被告人方に行つたのであるが、被告人は同日右源蔵の不在であることを知つておりその旨述べた。そこで右充枝は被告人に対し前記趣旨において金一万五千円を交付し、被告人はその受取書を右充枝に手渡して右金員を受領したのであつたが、その後被告人はこの次第を右源蔵に告げず且つ右金員を引き渡さず自己の用途に勝手に費消してしまつたという事実の経緯を知ることができる。この点に関し右認定に反し右源蔵においては木炭納入方督促以外に金銭で解決する意思なく金銭をもつて解決する話を打ち切ると被告人に言明した旨の粕谷源蔵の司法警察員に対する供述調書の記載は前記証拠に比照してたやすく措信し難いところである。果して然らば被告人は少くとも昭和二十六年十二月頃においては右源蔵から具体的にいくらの金額をもつてするかは未定であつたにしても、相当額の金銭の授受によつて源蔵虎吉間の紛争を解決することの了解を得、その趣旨において右虎吉と折衝することを依頼されていたものといわねばならないのであるから、その地位において相手方から金員を受領した以上は、たとえそれが確定的のものでなくそれによつて本交渉全部の解決となるか、又はその額をもつてしては源蔵の承諾を得ない結果代償金の内金としてその一部金員を受領したこととなるかは暫く別問題として、被告人としては右充枝から受け取つた金一万五千円は依頼者である右源蔵に帰属し同人に引き渡すまで同人のために保管しているものであつて勝手に他に流用すべき性質のものではなく、これを擅に費消又は着服するにおいては横領罪を構成するものと解すべきものである。この点に関し仮に所論のように被告人と右源蔵間に本件交渉に関する報酬の定めなく且つ一万五千円の引渡時期の定めなく又支払の督促を受けなかつた事実が存するとしてもその事実により被告人右源蔵間に発生すべき私法上の法律関係の如何は全く別個の問題であつて前記犯罪の成否には何ら影響のない事柄である。ところで原判決は本件横領の判示として「被告人は右源蔵から同人が右虎吉に対し源蔵所有の立木を伐採して木炭三百俵を製造して納入せしめる契約をしたがその後右虎吉が百五十五俵を納入したのみで残り百四十五俵を納入しなかつたためその督促方を依頼され昭和二十六年十二月一日頃自宅において右虎吉より右未納木炭百四十五俵分の代金一万五千円を回収して粕谷源蔵のため保管していたがその頃自宅等でこれを擅に自己の生活費等に消費横領したもの」と掲記しているのであるが、本件は前に述べたとおりの事実関係であつて、原判示によつては被告人が右源蔵から委託を受けた趣旨が単に木炭納入未済分の督促にとどまるから、判示被告人が右虎吉より受け取つた金一万五千円の占有原因が右委託関係に基くものであるかどうか判明しないのである。換言すれば被告人が源蔵からの委託に基いて同人に帰属すべき金員を占有していることが正確に明示されていないのであるから前に述べたところに照し本件横領罪の判示としては洵に所論のとおり不適法であつて判決に理由を附さない違法があるものといわねばならない。従つて論旨は結局右の点において理由があり原判決は破棄を免がれない。
註 当審の判示した犯罪事実は、「被告人は、昭和二十五年暮頃粕谷源蔵から、同人が須藤虎吉に昭和二十一年秋頃請負わせた木炭三百俵の製造につき未納分百四十五俵納入の督促方を依頼され折衝の末右虎吉より右納入不可能を理由として金銭で賠償する旨の申出ありこれを右源蔵に取り次ぎその承諾を得て相当金額をもつてその申出に応ずることとなり更にその金額につき折衝中昭和二十六年十二月一日頃自宅において須藤充枝を介して右虎吉より右賠償金として金一万五千円を受け取りこれを右源蔵に引渡すため同人のため保管しているうち、その頃自宅等でこれを擅に自己の生活費等に費消横領したものである